打ち明け話(第三番目
親愛なる国民の皆様、今日は。 我国は今日雨の時期を楽しく過ごしている一方、インド国ではどこでも何らかの形でお祭り及び祭典、見本市などが ディワリという祭りまで続くでしょう。我々の祖先がたぶん季節の移り変わりを、食生活の移り替わりを、または毎日の生活様式を、日常生活は不活発にならないように、整ってくれたようである。この間、いくつかの祭典を行いましたが、昨日クリシナ神の誕生日として祭られているジャナマシュタミという祭りを祝いました。クリシナ神の人格はどのようなのものであったかは誰も想像がつかないと思います。なぜかというと、何千年経っても、毎年クリシナ神の生誕周年記念日の祭典は新しい時代の始まりのように見えるし、新しいエネルギを我々に与えてくれるのですし、何千年前の生活様式は今も我々にとって理想として目の前に浮かんでくるし、クリシナ神が送った人生を理想にして今も誰でも現代生活の中における問題の解決道を探ることができるのです。クリシナ神がそれほどの力があっても、一般人民と付き合ったり、酪農民と遊んだり、若い女性たちと恋愛踊りを行ったり、笛を吹いたりして様々な活動を行える性格の持ち主、無限の能力の持ち主であったが、同時に社会の力にもなって献身していた人物、人民の力になろうとして、自分を注いでいた人物、みんなを結束できるような人物、いつも新記録に至る人物だったのです。友情関係の理想も見せてくれたし、スダマ氏という友人に世話をするという話はだれでも忘れられないでしょう。これほど偉くなっても、戦場で、戦車として利用されていた馬車の運転手としての役を果たす責任を喜んで受け取ること、膨大な岩石を持ち上げること、みんなが食べ終わった時、使い済の葉っぱのお皿を拾うこと、など、全部が新しい考え方を感じさせるのです。というわけで、クリシナ神のような魅力のある人物の話をしていると、もう一人同じような魅力のある人物が頭に浮かぶのです。クリシナ神は聖なる武器の持ち主だったのですが、もされるう一人は糸車の持ち主だったのです。一人はヤムナ川沿いの生活を捨てて、グジャラト地方の海岸にあるドワルカという街に移住し、もう一人は海岸沿いの街に生まれて、ヤムナ川沿いの街であるデリー市に移住して最後の息を取るまで活躍されるのです。クリシナ神は何千年前の事情を把握して、戦争にならないように、紛争が起きないように、実...